ウォークスルー車開発
宅急便発売後、しだいに取扱量が増えてくると1トン積み車輌が主流になっていった。
一方で荷物が増えるとセールスドライバー(SD)の負担が大きくなる。
「日本の車はどうして皆同じなのか?
右から乗り下りし、後ろのドアを開け、荷物はすべて後からしか積み下ろしができず作業性が悪い。
運転席から荷台へ行き来できる便利な車を考える人はいないのだろうか?」。
大阪工場勤務の永崎敏さんの記憶には、本社の会議での小倉昌男の話があった。
その後福岡主管支店に転勤になった永崎さんが主管支店長にこのことを話すと、即座に永崎さんを含む5人を指名し「集配専用車開発プロジェクト」を立ち上げたのだ。
メンバーは軽のステップワゴンや明太子屋さんの運転席から荷台に行ける貨物車を参考に試行錯誤を重ね、手書きの原案書を作成するが紙の上では仮説の域を出ない。
そこで廃車とベニヤ板を使った試作車を完成させた。
さっそく福岡を訪れ、この試作車を熱心に視察した昌男は、帰京の時間が迫っても車から離れようとしなかったという。
左側に設けたスライドドア、運転席から後ろの荷台まで移動できる「ウォークスルー車」。
その後トヨタ自動車の協力のもとで完成した試作車は第一号として翌1981年9月13日には東京支店に納入され、都内を走り始めた。